京都日々新の売る文章脳

セールスコピーライター『京都日々新』の売る文章脳

*

読書

      2017/03/19

読み書き

読み書き

『読書』。

何と読みましたか?

普段「どくしょ」と読むことが多いと思います。

しかし、別の読み方もあります。

それは

「よみかき」。

ありがとうございます。日比野新です。

「どくしょ」と読むと、
「書を読む」という意味になります。
(読むだけですな。)

「よみかき」と読むと、
「読んだり書いたりする」という意味になります。

似ているようで、ちょっと距離がある感じでしょうか。

今までにないほど多くの人たちが
手軽に文章を書いています。

キーボードに触れれば文章を書く。
スマホに触れれば文章を書く。

LINEをしていたら文章を書く。
FBをしていたら文章を書く。
ブログをやっていると文章を書く。

仕事でも、
メールを書く。
チャットワークに書く。
スカイプでメッセージを書く。

簡単手軽に
文章を送れます。
文章を発表できます。

これは今までにないくらい「書く」という行為が
爛漫としている証拠。

一方、「書く」と対になる「読む」。

こちらの行為は爛漫としているでしょうか。

活字という部分的なところだけにフォーカスすると
簡単に送られた文章を毎日相当な時間にわたって
目にはしていますから、活字から離れているとは言えません。

以前よりも多くの活字に目が触れているとさえ言える。

でも、

文章として理解しているかどうかは「?」。

この部分を見ると「読む」という文化は
「書く」という文化よりも放置されていると思う。

相手が書いた文章を
出来るだけ正確に読み解く。

相手の言いたいことを
出来るだけ理解する努力をする。

この辺りが放置されているような気がします。

これはネット最大の便利さである「検索」が
その原因になっているのではないかと。

ネットの検索は「知りたいこと」だけが
素早く出てくる非常に便利な機能です。

しかし「知りたいことだけ」というのが
他の視点からも理解する「幅」を狭めている。
そんな風に思います。

自分が興味のあることだけ、必要な情報を仕入れる。
だから、他の情報に触れることはない。

他の情報に触れないというのは、
他の視点がわからないということにもつながる。

他の視点がわからないと、相手の言いたいことを
理解しようと言う気持ちにもなりにくい。

こういう意味で、文章を理解するための
「活字離れ」は進行していると思う。

おそらくですが、ほとんどの人は自分の目の前に来た
メッセージに、動物的反射で返事をしているだけでは
ないのかな?とさえ感じます。
(メッセージ、キタ![いいね]押さなきゃ!みたいな)

文章は好きに書いて発表する。でも、
相手の文章を理解しようとしていないことが多い。

書くという行為以上に、読むことには気を配りたいですね。

それでは、また。

今月の人気記事


 ~今月の人気記事~

 - ひとりごとやライフスタイル